ぜぶらいと

オタクごと:リアルごと=8:2ぐらい。の予定。

【感想】鉄ミュの「箱」の話

鉄ミュ4の『in the box.』『open the box.』と、原作・鉄ミュ3のそれに対応する部分の感想(及び考察とまで言えるほどではないかもしれないが考えたこと)。

 

「箱」の話が、本当に良かった。観た公演ほぼ全てで、気付いたら涙で視界が滲んでいた。3の時は『in the box.』のみの上演だったので、4はその後も描かれることで後味が違ってまたいい。神里くん、KIMERUさんの演技が心に染みる。

 

鉄ミュ3の円盤を見返していて、鉄ミュ4では、「箱」がより強調されているような印象を受けた。

常磐が千代田に着いて仙台に行こう、と決めるシーンで取り出す瓶ビール。3の時は床に直置きされていたのを拾い上げたが、4では薄緑色の箱を開け、その中から取り出される。「楽しかった思い出」の象徴は「箱」の中にある、という意味が演出されたと解釈するのは強引だろうか。この薄緑色の箱が全編の中で「箱」としての用途で使われるのはこの場面のみで、後は椅子や台として機能している。

 

ちなみに、鉄ミュ4の劇中全体では、おそらく同サイズ同機能である箱(かつ椅子かつ台)が他にも存在する。『九州の凄い話』で兄さんこと東海道新幹線が椅子にし、持っている書類を収納した箱*1。『2011年 九州新幹線全線開業』で九州新幹線が座った椅子。『都営さんたちが来ました』で銀座線が座った椅子。これらはいずれも白い箱であり、一連のちよばん話に登場した薄緑色の箱とは明確に別物だ。薄緑色の箱は、他の路線は使用せず千代田と常磐専用。緑色といえば千代田線のラインカラー*2

『in the box.』終盤で、千代田が「あれからずっと取り出せる日を待っている」と独白しながら抱える箱は、最初に千代田が座っていた舞台上手側の箱ではなく、常磐が瓶ビールを取り出した舞台下手側の箱。『open the box.』で登場するのも、白ではなくやはり薄緑色の箱、とくればあながち間違ってもいないだろう。

 

 

以下は原作の話も含めたこの話の感想など。これを書いている2021/3/7現在、鉄ミュ4の映像は見ることができないので記憶違いなどあればすみません。配信早く始まってください。

 

常磐は、千代田に初対面でなかなかに失礼なことを言っているとは思う。呼び捨てはともかく、「営団のヒヨッコ」「辛気くせぇ」「シャキッとしろ」「そのメガネ舐めてんのか?」「お前と違って俺は忙しい」「ちんたらしてたらケツ蹴り上げる」など。常磐というキャラや、キメ様の演技の質でそこまで重くは見えないようになっているけど、字面だけ見ると相当口が悪い。千代田はそれに対して「下山事件常磐線」という、常磐の言っていたこととは比較にならないぐらい、相手にダメージを与える一言を返してしまう。内容も、変えられない「過去の事実」なので否定すらできない。

きっと、「ちょっとイラッとした相手に軽率に投げ返した言葉」だったんだろう。でも、相手が放って来たのはゴムボールで、自分が投げてしまったのは鋭利な刃物、ぐらいの差はあった。そして千代田はこの言葉を「箱の中に仕舞い込んだ」。

 

次のシーン(おそらく数日以上は時間が経過している)で千代田が「国鉄...さん」とどのように接したらいいか戸惑っているような神里くんの演技が好きだ。千代田は自分が傷つけたと分かっている相手に飄々と接せるような感覚は持ち合わせていないのがよく分かる。常磐が「営団くん」とくん付け呼びにして、さん付けで返されると「さん とかいーよ別にうぜーし」と言えてしまう感じも好き。常磐は相手と距離を詰めるのが本当に上手いと思う。

常磐が、常磐線に乗って仙台まで行った方がいいと千代田に伝えるやりとりで、千代田が初めていい笑顔を見せるのが、食い道楽や酒に合う、といった話の「そりゃ最高だ」の返答*3。その後の話も「飲む」シーンが多いのを見ても、やっぱり「酒」は千代田にとって常磐との思い出を構成する大きな要素なのではないだろうか。「サシで飲む」ことは、一定以上の関係性がないと何度もできないことだと思うし、酔っ払った姿を遠慮なく見せ合える関係ということだし。

 

そして舞台版の曲がとてもいい。特に冒頭の「飲んで食って社内で〜」のフレーズが、転調してキーを上げてもう一度繰り返されるのは、まさに「その度 話が盛られて ひどく美化されていくような」過程を見ているようで秀逸。曲に合わせた動きも変化している。特に千代田が顕著。「無駄に騒いで」のフレーズが、1回目は椅子に座っていたのが2回目は立ち上がっての振り付けになったのもあってか、足がより上がっていて楽しんでいるような印象。「仙台まで着いたら当然のように夜だった」のフレーズの中での移動では、1回目はぶらぶらと下げていた手を、2回目では常磐と同じく曲げながら振って歩く。「喧嘩して」のフレーズは、1回目はお互いに胸ぐらを掴み合っていたのに、2回目は立ち位置が離れたのもあってか常磐がポカポカと千代田を叩くようなアクションをするだけで千代田は防戦一方。

 

3.11の大震災があってしばらくした後の描写で、常磐が「また行こうぜ?」と言った後の原作の流れを以下に引用する。会話文以外の千代田の思いは、舞台版ではナレーションや台詞にならず、神里くんの演技でのみ表現される。

常磐「また行こうぜ?」

 

それを聞いた俺は言葉を返せなくて

情けない、とても、何て言ったらいいのか解らず、

当事者ではないのだから、明るく元気づけてやらなければと思い

そんな簡単な事もできなくて ただ黙って俯いて

 

千代田「うん 行こう  きっと行ける」

 

でも、多分あいつが欲しかったのは、こんな言葉じゃなかったんだ。

 

常磐「...そうだ 新幹線でも行けるしな」

ここの神里くんの逡巡してやっと言葉を絞り出す演技と、キメ様の本心を堪えて明るくしようと振る舞おうとするも辛そうな演技がとてもよくて、心がぎゅっと掴まれたような感覚になる。

 

さて、果たして「あいつ(=常磐)が欲しかった言葉」とは何だったのか。これは「新幹線でも行けるしな」だろう。このやり取りで常磐が自ら発していることや、後に『open the box.』で千代田が印象的に言う台詞(原作ではこの一言と2人の表情だけで1ページが充てられている)からも明らか。

だが、分かっていたところで千代田がそれを言えたのか?言うことが正解だったのか?と考えると、答えはどちらもNOになると私は思う。きっと常磐は心の中では、いつものように気心の知れた千代田と軽口を言い合いたかったはず。でも、舞台上の常磐は、全くもって「いつもの常磐」ではなかった。あんなことがあって、いつもと同じようには振る舞えなかった。「よっ」と言いながら上げる手は弱々しく、千代田との距離感を測っているような雰囲気は、堂々と自分のペースに巻き込んでしまういつもの常磐からはかけ離れていた。それなのに、千代田にだけ「いつも通り」を求めるのはあまりにも酷だ。普通は言えない。常磐だって、あの言葉をもらえなかったからって、千代田のことを恨んでいたりはしないだろう。そしてこれは主観だが、むしろこの状況で何も悩まずにいつもの言葉を贈れるような感覚の持ち主であれば、常磐は千代田のことをここまで好きにはなっていないのではないかと思う。

この件がきっかけで、千代田は「あの思い出を箱の中に仕舞い込んだ」。

 

千代田が常磐とのやり取りで箱の中に仕舞い込んだもの。1つ目は「ちょっとムカついた相手に軽率に投げてしまった嫌な言葉」で、ある種の悪意から産まれたものだった。これに対して2つ目は「何度も酒の肴にした、大切で愛しい思い出」で、引き金は特定の言葉を言えなかったこと。悩んで探してやっと発した善意からの言葉は、求められているものではなかった。

あまりにも悲しくてやるせない話だと思う。誰が悪いわけでもなくて、地震津波という自然の大きな力の前ではどうしようもなくて。ただ、常磐線が仙台まで行けなくなってしまったという事実があった。

常磐と千代田の直通記念日の例年のやり取りの後、千代田の「あれからずっと取り出せる日を待っている」という独白があり、壁に『in the box.』の文字が映し出されてこの話は終わる。

 

 

いくつか他の話を挟んだ後、『open the box.』は常磐線が全線運転再開することを告げて始まる。常磐が「お前 あの時は鼻水流しながら号泣してた癖によ」と言うのに対して、千代田は「お前の前で泣いた記憶なんぞ無いわ」と返す。原作は「お前の『事で』泣いた記憶なんぞ無いわ」なので、逆に言うと舞台版は常磐の見えないところでこっそり泣いていたことを暗に認めてしまったも同然。素直か。

特急を使って行っていいのか、と聞く千代田に軽口を叩いた後、常磐は「早いにこしたことないじゃねーか」「当事者だからいいだろ別に」と返す。

ここで千代田の一言「そうだな 新幹線でも行けるしな」。あの日言えなかった言葉を言えたことで、箱の中身を取り出せるようになる。

箱に仕舞い込んだものは、1つ目が「言葉」で
2つ目は「思い出」。一見すると非対称だが、
「思い出」を取り出せるようになるきっかけ=鍵が、あの日言えなかった「言葉」であるという構図が鮮やかで、物語として綺麗だなぁと思う。

「行ければ何でもいいじゃねーか もうどっちでも選べんだからよ」と言う常磐は本当に嬉しそうで、「新幹線でも行ける」と「新幹線でしか行けない*4」は全く別物だと改めてしみじみ。

 

あまりにも楽しかった思い出は、時に上書きしてしまうのがこわいことは確かにある。同じことを同じメンバーでやっても、「あれ?」と違和感を覚えると、過去の思い出までくすんでしまうような寂しい気持ちになることもある。偏見だが、千代田のようないわゆる「陽キャ」側ではないタイプだと余計にそう思うこともありそう(と、どちらかというと同じタイプの私は思う)。そういう時はたいがい、メンバーの関係性や価値観が過去とは変わってしまっているからだったりする。でも、常磐と千代田に限ってはきっとそんなことはない。むしろ、一緒に過ごした時間が増えて、関係性だってより深くなっている。

舞台版の曲で「また旅しよう 約束さ」と歌うちよばんが眩しくて、2人ならきっと、もっともっと素敵な思い出を作っていけると思った。常磐線で行っても新幹線で行っても、絶対にまた忘れ難い思い出になる。

『open the box.』のこの曲の中で、『in the box.』と同じく人差し指を立てた右手をジグザグに上げた後に斜めに下ろし、左の拳を掴む振り付けが出てくるのにグッときた。前者の時計を巻き戻す振り付けと対になると思われる、親指を軸に手を回転させて時計を進めるような動きもきっと意味がある。詳細を再度確認したいので、早く配信始まってください。(2回目)

 

その後の桜のくだりの後の常磐の「お前 昔より良いこと言うようになったな」と千代田の「歳 取ったからな」の返しも非常によかった。「若くない」ことを度々いじってネタにしてしている2人が、このやり取りの後に歳を重ねることを肯定する流れがいい。「営団のヒヨッコ」だった頃から千代田と過ごした歳月は、常磐にとってかけがえのないものなんだろう。

今回、目に見えて演技も歌も上手くなって説得力が増した神里くんと、3の時から常に安定したパフォーマンスを見せていたキメ様。神里くんは、もちろん色々な舞台も経験しているけれどどちらかといえば若手の部類で、対するキメ様は芸歴もかなり長くて、鉄ミュにもシリーズ1回目から出演している大先輩。千代田線ができるずっと前から走っていた常磐線、という構図の二重写しのようで、偶然かもしれないけれど感慨深くなった。

 

桜の花びらが舞い降りてきて、壁に『open the box.』の文字が映し出されてこの話は終わる。

 

 

上はフォロワーさんの素敵なツイート。私は全然気付かずに何度もこの話を見ていて、千秋楽だけこれを意識して見て胸が熱くなった。

『in the box.』で黙って俯いてしまい、思い出を箱の中に仕舞い込んだこと。『open the box.』で思い出を取り出して、桜を見上げたこと。解釈が合っているかは分からないが、これも何かを意図して演出されているのだろう、知ることと観ることができてよかった。

 

きっと他にも気付いていないことがたくさんあって*5、思い返したいので早く配信始まってください。(3回目)

 

本当に濃い時間を浴びることができて幸せでした。千代田と常磐が、いいことばかりとは限らないけれど、それでも全てを乗り越えながらこれからも共に歳を重ねていけますように。

 

 

*1:「九州断固拒否!」と兄さんが1人で叫び続けるシーンでは、勢い余ってこの箱を開けて叫ぶ回を一度だけ見たことがある。私が見ていないだけでその日以外でもやっていた可能性はある。

*2:千代田線を含め、鉄ミュのネクタイの色は、メトロの表示カラーが変更される前のものに近い。この箱は2021年現在の千代田線表示カラーの淡い緑色に近い。

*3:舞台版の話。原作では背を向けているので顔は見えない

*4:厳密には東北本線は、常磐線に比べると格段に早い段階で行けるようにはなっているのですが、まぁニュアンスを汲んでください笑

*5:特に、『in the box.』の「仕事中に飲んでもいいのかよ!」のくだりで常磐が反応するのは3の時にはなかったはずだが、どういう意図なのかが気になります。